分からないことがあります。
世の中に自分の行動や言動の理由を語らない人間がいます。

これまでの言動と論理が食い違ったり、非倫理的であったりする為に
事をうやむやにして、自分の優位性を保っておきたいという風に見えます。

この議題を考えるにあたって、前置きをします。
私は、事例を並べ立て、妥当性を提示できないことを断定しないことを方針としています。

人間として、生まれてきた者は、どこかに欠点があり、そこを改善する為に、
この世に修行をしにきてるのだという説を唱える人たちがいます。
また、魂はかならず、人間として生まれるものではなく、
他の動物に生まれる場合もあるという説もあります。

前述したように、あの世をはっきりと示して、妥当性を提示できる案件ではないので、
私にとって、半信半疑の説ですが、

もし、この説が正しいことを前提に考えるのであれば、
言葉をもって、相手に意思を伝える能力を持って、生まれてきた人間が、
言葉を遮断し、自分の優位性を保つ為に、無視を決め込む態度をとることは、
あまり善い行いとはいえないのではないかと思うのです。

それとは逆に、そのような説は、根拠が無く、ある人が創造した作り話であり
人間は、生まれながらにして自由な存在である為、

理由に関わらず、言葉にしたく無いことがあれば、無視を決め込むことも自由であり
そのことに善悪など存在しないと考えることもあります。

まったくどういうことなのでしょうかね。